近年制作したものの中で最小のサイズ、これはマリッジリングをオーダーした依頼者の二人のもとへ手渡される時のケースです。オリジナルの指輪を受注制作で作るのは
noniturn metal designの川口さん、「木」はまさに生きていることの象徴、なので木のケースに入れて思いを込めて作った指輪が旅立って欲しいとのこと。指輪がケースに収まっている期間はわずかだと思いますがその後も長く愛着を持って頂けたなら私も幸い。(※ 指輪は川口さん制作のものではありません)
来週17日(金曜日)から神戸酒心館で開催される企画展に出品する椅子をようやく削り終えました。—– 出来るだけ大きな木を削って造形したい、というところから始まり、どんな物をと考えていた時に17世紀頃(英国)の古い農夫の椅子の写真にインスパイアされ、行ったり来たりの思考があり、削るべき材料(栗の木)に出会って、出展に向けて大きな木の椅子を作り始めました。刺激を受けたその農夫の椅子は何が魅力的だったのかはっきり言葉で説明出来るものではありませんでしたが、何世紀もの間使われて椅子としても、材料の木としても寿命を全うしている感じが写真から感じ取れたのです。そんなふうに長く存在出来るものが作れたら制作者冥利に尽きます。枯れるまで存在出来るもの、作業を始めてからはそんなイメージを持って今回の椅子を作っていました。造形物として、木工なので「木の造形物」として魅力的なものになれば何十年か、何百年か持ち主が何代か変わったとしても、元は誰の物だったのか、誰が作ったか分からなくなっても、それは使われ残るのでしょう。その為に出来る限り時間を掛けて、考えながら、大半を刃物を研ぐ事を繰り返し削る手加工で作ってみました。—– 後は仕上の塗装をするのみです、もう造形物としては大きく変化しません、皆さんに見て頂く覚悟を決めました(笑)。ある程度何でも作れる状況で、時間も十分かけて作ったので今の私の力量がそのまま見えてしまう物だと思います。ですので椅子の名前は「木華2013」。
アトリエKIKAのfacebookページ(右ボタンクリック)に古い農夫の椅子の写真やこの制作の初期の工程を載せていますので合わせてご覧下さい。
年が変わるまであと数時間、今年やるべき事は出来たか?やるべき事山積で ’12 年も暮れようとしている気もするが、もう来る ’13 年に備える時間(21:30)だろうか、、。その前に今年も仕事を通じてまたプライベートでの多くの方々との出会いを喜び、その方々や旧来の友人知人に刺激を受け、協力し合い、支えられた事に感謝したい。中でも特にしっかり心に受け止めたいのは、多くの刃物の提供を受けた事。三木の鍛治師のO氏には「今」必要なものを指導と共に、また岐阜のH氏には共通の知人の遺品を「上手く活かしてほしい」という気持ちと共に手渡して頂き、使わせてもらっている。この事は、今の継続だけではなく更に出来る事に広がりを持たせたいと思っている私へ多くの示唆を含むと勿論受け止めて感謝したい。来年の事を言うには少しフライング気味だがこれらの刃物を生かせる仕事を’13 年は増やそうと思う。(22:00)後にはなりましたが制作に関わらせて頂いたお客様には一層の感謝を致します。皆様良いお年をお迎え下さい、今年も一年本当にありがとうございました。
クリスマスの直前(22日)に椅子の制作依頼をして頂いていた教会へ納品を終える事が出来ました。昨日と今日のクリスマスの礼拝、行事を新しい椅子で新鮮な雰囲気の中、行って頂けたのではないかと思います。9月に教会役員の方からご連絡を頂いて以来、脚数、予算の事をはじめ大きさや並べ方、使い勝手、集まる方々の年齢層、素材の事等など各段階で的確にそして熱心に打合せをして頂いた結果、意向に添えるものになったのではと感じています。片肘付きのタイプを10脚程加えたのは座っている時に肘をつく訳ではなく、お年寄りの方も少なくないので座る時、立ち上がる時に不自由が無い様に、という牧師さんをはじめ役員の方々の配慮からです。また後脚に今回は聖書を置く棚ではなく、聖書や賛美歌の本を入れておくポケットが付きました、皆さん迷われましたがこちらの方が礼拝時に使い勝手が良い様です。何年か後にメンテナンス等での再会を楽しみにしたいと思います。
日本キリスト改革派鈴蘭台教会
/神戸市北区鈴蘭台
礼拝堂椅子
仕様:オーク材ワックス仕上
座面/革張り
アームレスチェア × 60脚
W460×D540×H760(sh420)
アーム(右側)チェア × 10脚
W485×D540×H760(sh420 , ah623)
昨年アームチェアーと文机を納めて使って頂いているお客様から家族そろっての食事の機会が増えるからとダイニングセットの制作依頼を頂きました。和室用ではありますが座る、立つ、が楽なように椅子を使う生活を希望され、明治、大正期に洋家具が入ってきて日本家屋で使われていた時の様に脚もとには畳摺りを付ける改造を施して使って頂きます。(スツールは今回の依頼に合わせて描き下ろしの図面に依るので一体式)4〜6人での食事の機会が多いとの事でしたので通常なら余裕を持って1m80cmくらいのテーブルを提案する事が多いですが、今回見せて頂いた部屋は凛として小ぢんまりした和室、テーブルばかりが主張しないように1m40cm×85cmで制作しています。高さも通常より5cm低くした事で更に部屋に馴染んだ様です。楽しい団欒の時が過ごして頂ける食卓になる事を想い納品を終えました。
ぎりぎりではありましたが納品を終えた店舗「eu」さんも無事オープン、mina perhonenの服が掛かるハンガーラックとして3年程前から東京、京都、大阪の各店舗に数台ずつ作っているこのラックも定番になりつつあります。今回は一部を真鍮製に変えて脚もとの工作を少し簡略化などのマイナーチェンジを加えて制作。可動部分のある制作は、木の特性で割れる、狂うなどの事からあまり積極的には引き受けてはいませんが当初の第一条件が移動時に折り畳めること(各展示会、イベントに出動します)でもあったので、ならばその可動部分を積極的にアクセントにと作り始めた形です。完成品はシンプルにしたいと言うねらいとは裏腹にこの蝶番部分は老眼をこすりこすり加工に向かう精度が必要で手間が掛り、何年もの使用に耐え破損しない為の秘密の部品が仕込んであります。ディティールを大切にするのは繊細かつ丹精込めて作られた服を掛けるのだから、と言う思いがあります。
出雲市、地元の大工さんが建てたという和風の立派なお宅の玄関に下駄箱を制作しました。「和室の物は作れますか。」と尋ねられる事も有りますが、特に和洋の区別を気にする事無く依頼を受けています。それは様式を軽視するという事では無く、その空間を理解して必要な条件を押さえ、材料を吟味して形にすると、自ずとその場所に合う物になるはずと考えているからです。今回は遠方のお宅という事もあり、設置する場所の寸法図と玄関の写真を各方向から数枚、玄関や家の外観、庭の写真等も数枚送って頂き制作をはじめました。建物にも和の建築らしく木が豊富に使われています。—— 納品に訪れた際、玄関に使われている木は写真で見るよりも年数相応に経年変化で色に深みが出ているという印象で、下駄箱の栗材は削りたてでやや明るめの色に感じます。しかし物の量感は間違っていないと感じ、玄関戸のガラスを通して明るく光が入る場所ですから一、二年もすれば色味もすっかりその場所に馴染む事を想い納品を終え戻りました。 もちろん出雲大社へ参拝も忘れずに・・。
栗材 : oil塗装仕上(引き手/桜材、内部可動棚のみシナ材ウレタン塗装仕上)
W1420×H1080×D450
木工制作者にとって丸太の購入、製材は必須とは言えませんが出来れば、出来る限りこの段階から関わった材料を使いたいと考えています。材木商から板を一枚、二枚と購入する事は勿論可能ですが、一つの品物を作るのに十枚の板が必要とした時に、同じ樹種でもそれが一本の丸太から挽いて取られたものが揃う事はまずあり得ません。同じ樹種の木にもそれぞれ個性があって板になった時に木味の違いとなって表れ、それをランダムに組み合わせて作ったものと、同じ丸太から取った木味の揃った板を組み合わせて作ったものとどちらが良い仕上がりになるかは説明するまでもないと思います。メリットはそれだけではありませんが、デメリットに繋がりかねない緊張感もまた買っています。それは信頼の置ける材木商の社長の勧めを受けて丸太は買いますがどんなに熟練のプロでも透視能力がある訳ではなく、丸太の中身は挽いてみなければ厳密には分からないという事です。いい木目、想像以上の板が取れれば顔がほころび、また思いがけない難が出れば「うっ」と表情が歪みます、北米産材のウォールナットは中から銃の弾丸や鉄線が出てきて材を傷めている場合などもあり製材中はやはり目を見張ります。今回は概ね「よしっ」と終えられましたので写真を並べてみます。緊張感が多少でも伝わるでしょうか。
岸和田市(株)服部商店にて
これから桟積みをして何年もの乾燥期間を経た後に加工に使える材料となります。
ガラスと木は対照的な素材。感覚的な言葉で表すと硬いと柔らかい、冷たいと暖かい。ガラスは衝撃に脆いが方や木は粘り強い強度を持つ、など。また透明と不透明は言うまでも無い事ですがこの点が組み合わせて使うには特に面白いと思えるところです。無表情で透明なガラスと対比されると木はその木目が表情豊かに引き立っているように見えます。ショーウィンドウやショーケースの様にガラスを通して見ると中のものが艶やかに見えるのも効果的で、組み合わされた木に対しても同様の効果はあるはずと私は思います。しかし光の加減ではそれも全く裏切られ白く反射して向こうの物は何も見えなくなったり、映り込みが強くてそれしか目に入らなかったりと、透明ガラスが不透明になる時があるのですが、家具の場合それも味方につけて考えれば一つのテーブルやガラス扉のキャビネットが時間帯や季節の移り変わりで、また見る角度でも幾通りもの表情を持ちバリエーション豊かに楽しめるのです。
分解、塗装のはく離という普段では馴染みの無い作業から始めました。車やオートバイは年式の古いものをレストア(レストレーション)して内外装やエンジンに手を入れ走行不能だったような車体を蘇らせる、そんな業者が家具よりはまだ一般的にあるように思います。私も学生の頃から車好きで旧車好きなので車のレストアの作業を時々目にする機会がありますが、年式が古ければ古い程その作業は当然ながら困難で全体を各部品に分解し、腐食部分を造形し直したり、手に入らない部品を新たに作ったり、同仕様の他車から部品をコンバートしたりと・・・細かくは切りの無い作業です。今回の書斎机(椅子)の修理も先ず各部の分解に始まり、車のレストアと同様で使える価値ある部材は極力使える状態に戻し、新たな部品を組込んだ方が良い場合は全体に馴染むようにして加える、という作業を施しました。写真には表れない内部の部材や引出しの箱は虫食いのダメージがひどくほぼ一式作り替えた程ですが、表に出ている楢材はホゾの組み直しや、反りの矯正、補強等そして再塗装を施せばしゃきっと蘇りました。作られてから少なくとも60年から70年くらい経つ机ですが私の診断ではまだまだ折り返し地点にも達していないのでは、と。納品時に依頼主の方に大変喜んで頂いたのが第一に何よりの事ですが、この年代の家具(木製品)に触れ感じる事も多くありましたので良い機会となりました。
Before
柳田國男の机を見る事を目的に兵庫県神崎郡福崎町の記念館を訪ねてみました。この机は柳田が大正10年頃から昭和37年にかけて成城の書斎で愛用していたもので民俗学の数々の名著はこの机で執筆されたと言われています。写真で見ていた印象よりも実寸法は小さく天板部で1200×700程のコンパクトでありながらしかし凛とした佇まいがある立派な机です。 この机にとても良く似たものがあるので是非修理(修復)をして使いたいと、以前からのお客様から連絡がありました。こちらは南あわじ市の某医院の院長が使っていたものでおそらく昭和20代からかな・・との事ですがいつどこで作られたか等は聞き伝わっていないようです。材質や細部の工作、また全体の大きさはに違いはありますが両袖と中央の引出し、天板上の棚、蛇腹式のシャッター等はほぼ相似形の構成になっています。推測では大阪から運んできた可能性もあるとの事でしたのでこちらは関西圏の職人の手に依るものでしょう。片や柳田の机は東京または関東圏の職人に特注して作ったものでしょう。(記念館で尋ねてみましたが机についての詳しい資料や記録は特に無いようでした。)特注の家具とは言え何処でどんな職人が作ったかという事は半世紀以上も経つと案外わからなくなってしまうものです。こんな事も、特に目立って注目される事無く日々生活をし生涯を終えていく八割方の人々の営みに注目し掘り下げた柳田國男の学問、フォークロア(民俗学)と重ねてみると面白いと感じました。そして修理は引き受けましたので少なくとも50年後の職人に繋ぎたいと思うところです。
2012年1月は予定通り5日から始動しています。今月は昨年末から取り掛かっている仕事が一つ、娘さんが結婚の門出に持って行かれる為にと、ご両親から依頼されご本人やその兄弟の方と和やかに打合せをした家具の制作を進めています。そしてもう一つは天板が2400×1200×約80の大きなテーブルを一枚の板でという依頼を支給材で進めて行きます。(写真)普段は勿論私の方で持っている材、または探した材を使いますが今回は他方から条件に合った材が見つかりましたので図面作成と制作を引き受けました。どちらもそれぞれに緊張感のある作業で新年のスタートには何よりと感じています。 しかしいずれも納期に余裕は有りません、木屑にまみれる一月となりそうです。